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    • 2013.08.31 Saturday
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    飯島晴子の絶叫

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      ぼくが鷹へ入ってまだ2、3年ほどのことだったか。

      もう20年もむかしのこと、吉祥寺の杉並公会堂で鷹の東京西支部句会が月1回催されてていた。指導は飯島晴子である。

      毎回数十名ほど集まっていた。

      晴子はひとり5句出した全句に講評した。互選にも晴子選にも入らなかった句に対して「これはどういうお気持ちで作ったんですか?」と皇后のようにやさしく聞くではないか。予期していないことに驚いた。

      飯島晴子は孤高の俳人である。吟行といってもひとり静か行く。
      大勢とがやがややっていい俳句ができるものかと発言もしていた。ひとり吟行のあと自分の工房のなかでもがいてあがいて作品に仕立て上げる孤高をよしとした。
      俳壇付き合いも好まなかった。

      湘子と正反対で人を指導することにもっとも向かない俳人だと思っていたお方が「どういうお気持ちで作ったんですか」と聞く姿にぼくは哀しみを覚え、困惑した。「晴子さん、そんなことなさらないで…」という気持ちがこみ上げていた。

      晴子は鷹の俳人としての自覚が強かった。いろんな集まりで晴子が挨拶するとき「鷹の飯島晴子です」と簡潔に自己紹介するのを何度も聞いた。

      藤田湘子に次ぐ鷹のナンバーツーであるという自覚から作家としての自分を殺して指導に奉仕していたのだろう。そのへんの倫理観はみごとだった。

      作句意図を聞かれるのは嫌だなあと思っていると、ついにぼくの番になった。

      ぼくは意を決して 

      「だめな句はただ捨ててください。ぼくは一句に書いた以上に言うことはないんです」と言うと晴子は案の定激怒した。

      激怒されたのはよかった。残念なのはなんといったかということをまったく覚えていないことだ。激情のあまり言葉はぐちゃぐちゃだったのだろう。

      晴子になんと言おうかはぼくの番になるまで熟慮していた。

      よって「だめな句はただ捨ててください。ぼくは一句に書いた以上に言うことはないんです」は至言であると今でも思っている。
      晴子の見せかけのやさしさに応えて句の背景をくだくだ語ることは大げさにいうと、ぼくの俳人格を捨てることだった。そんなやさしさは創作には要らない。

      晴子はそのとき激怒したものの家へ帰ってからあのグリーンボーイの言ったことは真理だと思ったのではなかろうか。

      そのへんの機微がわかる俳人ゆえ作品が今も輝いている。

      だいたい句会で一句の背景をくどくど語るやからにたいした俳人はいない。俳句はそこにある文字しか拠って立つところはないのだ。

      飯島晴子が指導句会をするということじたいがたいへんなことだった。

       

      晴子がぼくになんといって怒ったかは覚えていないのだが、晴子が「錦帯橋」という言葉に対して激怒したのはよく覚えている。

      それはぼくの句ではなかったが、晴子はその句に遭遇したとき、突如「キンタイキョウ? こんな言葉が俳句に入って来られるんですか!!」と絶叫した。

      その瞬間、会場全体が水を打ったように静まりかえった。みんなあっけにとられている。晴子がなんのことをいっているのか、なぜ激怒しているのかさっぱりわからないという風情である。

      俳句初心者のぼくにとって「こんな言葉が俳句に入って来られるんですか」は新鮮だった。
      地球の裏側が宙に見えたような衝撃だった。

      ぼくは「錦帯橋」が俳句に入って来られないとは思わなかった。晴子の世界には入って来られない言葉であっても別の人には入ってきて結実する可能性は大いにあると思った。

      けれど、この孤高の俳人は俳句に取り入れられる言葉とそうでない言葉を選別しているんだということはナイフで肺腑を突かれるような衝撃であった。

      三橋敏雄に「教え魔」と称された湘子はまんべんなく人の能力を引っ張り上げた。全員を富士五合目までバスで連れていくような指導した。教えることの嫌いな晴子は自分勝手な絶叫のなかで俳句魂をさらけ出してくれた。

       

      晴子の指導は劇薬であった。わかる人を虜にしわからない人を月面に放り出した。スリリングな時間だった。


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        • 2013.08.31 Saturday
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        コメント
        はじめまして。興味深いお話ですね。
        私は俳句は全くの素人ですが、飯島晴子さんの作品は抜群だと思っております。

        飯島さんが教えることに向かないのはなんとなくわかる気がしますね。わいわいがやがやして芸術ができるわけがないというのも正論だと思いますし、もともと人付き合いが好きではなかった方だと思うのでお仕事として無理されていたのでしょうね。
        • saho
        • 2012/10/26 6:53 AM
        平成5年に鷹に入会した頃、春子さんは鷹」に投句されているだけだった。
        でも1度だけ、遠目みお見かけした事がある。

        湘子先生の大町句碑除幕式の時である。
        痩せた老婦人が誰か押し出されて、フラフラと
        前に出て来られ、除幕式の紐をこれも持たされる感じで両手で持っておられた。
        とても困ったような、戸惑ったよう表情が印象的だった。

        傍の人に「飯島春子さんよ」と教えられ「あぁ、あの方が」と納得したのを鮮明に覚えている
        • ミズドリ
        • 2012/10/27 8:14 AM
        できれば天寿を全うしてほしかった……。
        • wataru
        • 2012/10/28 1:52 AM
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